明浜町の西の端、田之浜地区に、昨年から若い力が加わりました。無茶々園のベテラン生産者・井上久和さんの孫・洋祐さんと、妻の千代美さんです。
二人とも関西で生まれ育ち、飲食業界で働いていました。洋祐さんは文字通り朝から晩まで働き、夫婦ですれ違いの多い生活。ストレスの多い毎日で考えたのは将来のこと。30代後半になり、このまま都会で働いて年を取った時にどうなるのか…と不安はつきませんでした。いつしか「農業をやりたい」という気持ちが芽生えます。洋祐さんは奈良県の農業高校出身で、お茶や野菜の実習を経験していました。愛媛の祖父のところへは、実は数回しか訪れたことはなかったのですが、いろいろ調べるうち、柑橘栽培なら自分にもできるのでは、と父に相談。「農業は甘くない。今の仕事を中途半端で辞めるようでは農業も続かない」と助言され、何年か後の就農を見据えて祖父にお願いに行ったところ、なんと「もう農業をやめる!」との宣言。このまさかのタイミングで、数年後ではなくすぐに自分がやらなければ!と決意することになりました。千代美さんは、数年後のはずが数か月後に予定変更になりびっくり。勤務先からもひきとめられ、遅れて移住する案もありましたが祖父に「二人一緒に来なきゃダメ!」と言われ、なかば強引に?田之浜への移住が決まりました。都会育ちの千代美さん、「田舎の生活はいやにならないか?」との周囲の心配をよそに「コンビニはないけど、インターネットがあればたいていのものは手に入るし、不自由を感じないように夫が支えてくれる。なにより田之浜の人たちが親切にしてくれて、まったくストレスがない。」
ところが、こうしてスタートした一年目はこれまでにないほどの大不作。落胆したかと思いきや、「おじいちゃん(指導者)のおかげもあるけど、マメに見回ってイノシシ対策を補強したところは無事収穫できた。気候変動にあわせて作りやすい品種に切り替えるとか、研究して手をかければ必ず続けていける。」さらに、「農業はこれから『流行る』職業だと思う。家に田や畑があるけどどうしよう…という話をよく聞くが、新規就農には補助金制度もあるし、兼業で少しずつでもいいからぜひ一歩踏み出してほしい。」
晴れた日はみかん山へ、雨の日はゆっくり家事をして、以前とは違っていつも二人一緒の生活。おじいちゃんには冷やかされますが、この移住、就農は大正解だったようです。