天気のいい日は、人畜の糞に海藻や草木を混ぜて作った堆肥を入れ、柔らかくなった蜜柑畑で足をめり込ませ、まつわりつくチャボを追い払い、仲良しの草はなるべく刈らないように鎌を振るう。
雨の日には、機を織る昔のお嬢さん達と話したり、昔の若衆と竹細工や彫り物に興じたり、立派になった盆栽を眺めながら出来立ての果実酒を賞味し、夢を語る。
春には、農道の土手に植えた茶を役場も休みにして摘んだり至る所に自生している菜の花やくじゅなの芽、いたどり、つわふき等の山菜を採り、乾かしたり、漬物にしたり、また、磯に行って、海苔やひじき、ニナ貝などを採る。
夏には裏山の石灰岩の隙間から出る湧き水を飲みまたさざえやあわびを踏み付けながら海に入り、ハマチやあじの群れと戯れながら泳ぐ。
秋には、赤とんぼをかきわけながら走ったり、椎の実をかじりながら、ビール替わりに山羊乳酒を飲み、時にはいい音楽を聴き、ボール遊びに汗を流す。それとなく咲き乱れる野の花は、ほのかな香と共に、我が心を一時のメルヘンへと誘う。
小舟に乗って魚を釣りながら、段畑の蜜柑の成長を眺め、大木となった桧に心を和ませ、自然の織り成せる芸術と共に永々と生きる。
山へ行くと、忙しげに戯れ遊ぶ虫達を潰さないよう、古株に腰を据え、大きな掛け声とと共に一心にオールを漕ぐ息子達のボ-トを頼もしく眺めながら、潮噴 くクジラに目を遣る。今夜の食事は、玄米に伊勢海老と鯛の活け作り、青虫の食ったキャベツに曲がった胡瓜と茄子の塩もみ、オクラとピーマンの天婦羅 か・・・。蜜柑の収穫期は学校も休みにして、お町の叔母ちゃん達も踵の高い靴を地下足袋に履きかえ、和気あいあいとした蜜柑採り、食事は共同で部落中が公 民館に集まり、昇り窯で作ったお手製の食器で、勿論栄養たっぷりの自然食100才になっても医者にかかったことなどなし。虫歯なんぞ1本も無し。大晦日 の夜は、炭焼き窯の上に作ったサウナに入りながら1年間の疲れを流し来年の抱負を語り合う。また風力発電で紅白歌合戦を見るもよし朝は裸で御来光と洒落込 む。
春、桜の下で、盆は仏と共に、秋祭りは氏神様と、正月は心新たに、色の黒い人、白い人、黄色い人、言葉は通じなくても盃を酌み交わせば、人類皆兄弟。
そんな無茶々園の里に僕等はしたい。