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石積み体験のはなし

2022.07.09

段々畑の石垣を修繕するワークショップ“石積み学校”を開催しました。無茶々園のある明浜では段々畑が発達しており、ほとんどがみかん畑として利用されています。山の斜面を階段状にすることで平坦な面を作り、農産物を栽培しやすくなるように整地したのが段々畑です。傾斜が強く雨量も多い当地では、土で固めるだけでなく法面に石垣を積んで崩れにくい段々畑を築いてきました。

明浜で段々畑が盛んに築かれたのは江戸時代終盤から昭和初期にかけてと言われています。武家による土地支配が終わって近代化がはじまり、農村では人口が増え続けていた時代です。年月をかけて気の遠くなるような量の石垣が積まれ、最盛期には海岸から山頂まで段々畑が連なって“耕して天に至る”と表現されたほどです。地元には石積みに精通した技術者もいて、この段々畑の発達を支えていました。

 

戦後になると一転して都市や工業地帯への人口流出が進み、新たに開墾して段々畑を作ることはなくなります。自給的農業から柑橘の経済栽培へと地域の農業が変化するなか、集落から遠い山のてっぺんから耕作放棄も進み、残った段々畑では過去に築いた石垣を維持するだけになりました。
一世紀以上前に築かれた石垣の上に成り立っている現代のみかん作りですが、せっかくの石積みも時間が経つにつれて徐々に崩れるところも出てきます。経年劣化や水害だけでなく、最近はイノシシによる被害が激しくなりました。草の根や小動物を食べるために畑の土を掘り返し、そのまま石垣をめちゃくちゃに崩してしまうのです。いま、修繕には時間がかかるうえ、積み直す方法もわからず、結果として崩れたままになっている石垣が増えています。昔を知る年寄りには石積みの経験があって少しずつ修繕の技術が伝わってきましたが、最近ではしっかり石積みを学ぶ機会も失われていました。

 

柑橘に移行する前の段々畑。麦やヒエなどを栽培していた。

 

現在の段々畑は柑橘園地になっている。

 

 

石積みとは
今回の石積みは“一般社団法人石積み学校”の協力を得て実現しました。徳島県での取り組みから2013年に設立され、石積み技術を継承する目的で活動している団体です。
コンクリートで石を固定する「練石積み(ねりいしづみ)」に対し、石だけで組み上げる積み方を「空石積み(からいしづみ)」と呼ぶそうです。コンクリートを用いた技術が一般化し、土木工事は建設業者に依頼することが当たり前になっていますが、空石積みは材料さえあれば人の手だけで積むことができます。多額の資金もかかりません。SDGsの時代になり、環境負荷が少ない工法としても世界的に再評価が進められています。この空石積みのワークショップを通じて各地で石積み実践のきっかけを提供されている石積み学校の金子玲大さんに講師として来ていただき、講習会と現地実習を1週間にわたって実施することにしました。

 

石積みの前にまずは土を掘って段を作る。

 

積み石の選択や向きに頭をひねる。

 

 

いざ実践
石積みは斜面の土を掘ることからはじまります。石を積み上げたい位置、石垣のラインを頭に描き、その少し奥までツルハシで削るように掘り下げていきます。石垣の基礎になるところは奥に向けて傾斜をつけながらしっかりと掘り込みます。そして積み上げていくための石を準備します。石にも2種類あり、表面に並べていく“積み石”のほかに、“ぐり石”と呼ばれる砂利からこぶし大くらいの石が大量に必要になります。この積みはじめるまでの準備が大切で、石積みの際にもっとも時間がかかる工程です。
準備を終えると作業の本番、石を積み上げていく工程に移ります。まず、なるべく大きな積み石を地面に敷いていきます。この一段目の積み石を根石と呼びます。ここから活躍するのがぐり石。積み石を置いた裏側に投入すると、積み石と土、積み石と積み石のすき間に入り込んで石を固定してくれます。根石の上に次の積み石を置く、裏にぐり石を入れる、次の積み石を置く、またぐり石を入れる、と繰り返していくうちに石垣の高さが上がっていき、積み始めると短い時間で仕上がっていきます。石を積むのもコツがあって、石の選択や置き方がうまくいくと積み石が動かない頑丈な石垣を築くことができます。

 

石が散乱する、イノシシが荒らした畑。

 

石積みのあと、見事に段々畑が蘇った。

 

 

石垣の再生から地域の持続へ
今回は無茶々園の農家やスタッフ、地域住民が参加し、10人前後のグループを作って、1日1か所、計4日間4か所の園地で石積みを行いました。それぞれ石垣が緩んで崩落していたり、イノシシに荒らされていたりした園地です。崩れた様子からは本当に直せるものかと半信半疑に感じていましたが、実際に体験してみると想像よりも簡単に石垣が積みあがっていきます。土を削ったり、重い石を持ち上げたりと体力は必要でも、あれこれ考えながら石を積み上げるのは楽しいもので、飽きることなく次からへ次へと作業を進めていけます。何よりも作業を終えて園地を後にするとき、見違えるほどに整った段々畑を見ると達成感がありました。
石積み学校の目的はワークショップを通じて石積みを実践する敷居を下げることにあります。一人では荷が重いですが、準備と積み方を理解し、石と作業する人さえ集まれば段々畑の石垣もきれいに再生することができます。石積みは昔から続く技術に触れて、みかん畑の環境も改善できる、明浜に必要な、また明浜でこそ体験できる営み。段々畑を保つ意思と人が集まる文化があり、石積みが日常の一部として定着すると、また一歩地域の持続性が高まると感じた石積み学校でした。

 

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